起きたら4時44分だった。
あまり死という言葉が怖くなくなってきた。
最近まで死とか4とか忌み嫌っていたのだけども、
死は避けられないことであり、
自然の摂理であり。
自分の存在、意識がなくなるのが子どもの頃とあることがきっかけでものすごく怖かった。
けれども、死は肉体からの解放であり
浄化であり、
…つまり千の風になるのだなということが、府に落ちてきたというか…
逆に言えば憂世の苦しさから解放されたいというのもあるかもしれない。
憂世とあの世は表裏一体というか、今苦しければ苦しいほど、死を受け入れられるようになる…気もする。
もちろん、自ら命を断つことはゆるされない。それだけはいけない。理由はないけどいけない。許されない。死ぬ死ぬ詐欺も私は許さない。かつて友人だった人が死ぬ死ぬ詐欺師になったので縁を切った。
その人が死にたいのに周りが許してくれない、死にたいって言うとみんな死なないでって言うのってナメたこと言うから、私は腹が立って、本気で死にたいならじゃあ今すぐそこの川に飛び込めと言ってものらりくらりしてたから私はその人を許さない。尋常ではない死や生に直面したことがないから命を軽視してるとしか思えない。そういう人間が、私は許せない。周りの人間の責任にしていることも。
話は戻るが、最期だけは散骨して欲しいとか、自分の最期にだけは明確な意志を持って生きている。
違うこと考えてたのに、死ポエムを書いてしまった。
ま